5/16 第32回文学フリマ東京 新刊サンプル 「×したいほどキミが好きっ!」

こんにちは、雨間です。

5/16(日)開催 第三十二回文学フリマ東京に参加します。

出店名:菓子屋の軒下 ブース:キ-31でお待ちしています。

 

<お品書き>

・新刊 「×したいほどキミが好きっ!」1部1000円

・既刊「二十歳になれなかった西山君」1部300円※少部数、通販なし

・無配 ペーパー

 

新刊は、殺し/殺されが愛情表現としてある世界を舞台とした、恋愛短編集です。6つ短編が収録されており、サンプルとしてうち3つの扉絵一部+本文一部を公開します!

 

サンプル お品書き

  

1.I & <パパ活する女子高生とおじさんのはなし>

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「アイ」

 と、久原さんがあたしを呼んだ。

「クハラさん!」

 久原さんがあたしを呼ぶとき、それは愛という名前ではなく、記号のIのように思える。不思議な感じだなっていつも思う。あたしも対抗して、「クハラさん」とフラットな響きに聞こえるように呼ぶようにしているけれど、上手くいっているか、自分ではよくわからない。

「じゃ、行くか」

 待たせたか? なんて、久原さんは聞いたりしない。あたしは頷いて、歩き出した久原さんを小走りで追いかける。そっと腕を絡ませても、久原さんは振り払わなかった。ほっと胸をなでおろす。九月に入って、ちょっと涼しくなってよかった。

「なんか店寄るか?」

「んーん、いい。それよりお腹すいた」

「焼肉でいいか?」

「うん」

 久原さんに連れられて、個室の焼肉屋に入った。和牛のカルビとミスジ、タン塩。一皿二千円を二皿ずつ。それからビール。他に食べたいのあるか? と聞かれたので、クッパを指さした。

「本当に食べれんのか? 手伝わねえぞ」

「だってお腹すいたんだもん」

 まあ結局食べ残すんだけど、別に久原さんは怒らないから。

 お肉は、基本的にあたしが焼く。久原さんは高い肉を頼むくせに、焼き加減はテキトーだから。霜降りの和牛は口の中に入れるととろけていくようで、あたしが普通のJKだったら永遠に出会わない味だった。

 個室には、L字型にソファーが設置されている。焼肉を食べる合間に、久原さんに顔を寄せて太ももをつつくと、三回に一回はキスしてくれる。向かい合うような座席だったら、こうはいかない。初めて来た店だけど、久原さんはいい感じの店を選んでくれたなあ。お肉も美味しいし。

 満腹になったら、休憩するためにホテルに行く。久原さんはあんまり怒ったりしないから穏やかな人に見えるけれど、それはただそう見えるだけだ。彼はあたしを痛めつけるのがすごく上手い。あたしは毎度、ベッドの上で理不尽な暴力にさらされ、辱められる。この時間はいつ終わるのか、とそれだけを考えるようになる。けれどそれでもまた性懲りもなく久原さんに会いに来てしまうのだから不思議だ。

 事が終わると久原さんは優しい。頭をなでて、お疲れ、シャワー浴びてこい、と促してくれる。シャワールームから戻ったら久原さんはもう服を着ていて、財布から紙幣を数枚差し出してくる。骨ばった男の手。さっきまであたしの首を絞めていた、その手からお金を受け取ったら、それでおしまい。なんだか寂しくなって、久原さんの背中に抱きついた。

「ねーさー、クハラさん」

「なんだ? さっさと帰る支度しろ」

「クハラさん、なんでさっきあたしの首、絞めなかったの?」

「ヤッただろ。蒸し返すなよ、うぜえな」

「絞めたけどさあ、殺さなかったじゃん。あたしのこと殺したくないの?」

「殺さねえよ」

「なんで? 女子高生だよ。こんなに若くて可愛いのに」

「自分で言うか?」

「クハラさんだってあたしの顔好きでしょ?」

「…………」

「こんな子が殺していいよなんて言ってくれること、早々ないよ? 殺しておいたら?」

 久原さんが振り向こうとする気配を感じたので、あたしは大人しく、抱きついていた腕をほどいた。

「お前はさあ……」

 久原さんの手があたしの首にのびる。反射的に目を閉じた。

「あだっ」

 直後、頭に痛みがはしった。目を開けると、指をはじいた形で久原さんの手が固まっている。

「デコピンするなんてひどいよ」

「お前が変な冗談言うからだろ」

「冗談じゃないし!」

「はいはい」

 久原さんはさっさと自分の荷物を持って部屋を出ようとする。あたしは慌てて鞄を拾い上げ、そのあとを追いかけた。

 久原さんはあたしのことを殺してくれない。ひどいことをしたりするけど、それはただそういう行為が好きだからであって、あたしを愛しているからではない。

 まあ別にあたしだって、久原さんのことを愛してるわけじゃないし。殺されてもいいかなあってだけ。

 

(後略)

 

 

2.みどりのきみ <ギムナジウムで暮らす少女たちのはなし>

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(前略)

 

 絵梨はあたしが思っていた数倍裕福で歴史のある家柄の出だった。そこの末娘らしく、丁寧に育てられた彼女は気立てが良く、誰にでも親切だ。この高校では珍しい粗雑な言動をする私も受け入れてくれた。彼女がいなかったら、あたしは意味不明な学校のルール、たとえば食堂で座っていいエリアは学年ごとに決まっているとかそういうの、に翻弄されていたと思う。

 丘の上にある学校から街に出るには、バスで一時間かかるので、あまり外出する生徒は多くないという。最初の土日で、あたしは街に出てバンダナを買ってきた。緑色に染められて、白い糸で花の刺繍が入っている。あたしはそれを絵梨にあげた。一週間で絵梨には何度もお世話になったし、これからもお世話になるだろうから。まあ素敵なハンカチーフ、と絵梨は喜んで、それを毎日髪に巻くようになった。黒髪に緑のバンダナ、もといハンカチーフは映えていたので、あたしも嬉しかった。それが彼女の呼び名に繋がるのは予想外だったけれども。

 夏頃になって、絵梨が一年生から翠のお姉さまと呼ばれているのに気づいた。部活にも入っていない彼女が一年生と交流があるのは驚きだったので、事情を聞いてみると、女子校特有の事情というものがわかった。つまり、家柄よかったり、美人だったりすると、人の話題に上りやすくなり、上級生のお茶会に呼ばれたり、下級生からお姉さまと呼ばれて慕われたりするのだと。私のお家は長く続いているから、と彼女は少し頬を染めて言ったけれど、それだけじゃないのはあたしの目からもわかった。絵梨はすごく美人だ。女の子が本気で惚れてしまうくらいに。

 水泳部の後輩の一人に杉崎美結と言う子がいて、絵梨に好意があるようで、よく話を聞かれた。好きな本とか、昨日何を話したとか、他愛もないことを。自然、部活内で一番よく話すのは彼女になった。妹に選んでくださったらいいのに、と彼女はよく呟いた。実の家族になるという話ではなくて、学園内で特別に仲の良い上級生と下級生は、姉と妹のように付き合うらしい。明言されていないけれど、恋人になるようなものだ。今のところ、絵梨が誰か下級生ひとりと特別一緒にいるという様子は見たことがないので、妹はいないらしい。それを伝えると、わかっていますよ、と笑われた。それよりも、と美結は声をひそめた。

「それよりも、あの噂って本当なんですか?」

「噂って?」

「翠のお姉さまが一年生のときに、姉と呼んでらした方に、殺してほしいってお願いしたって」

「え?」

 寝耳に水だった。付き合っている人がいるなんて聞いたことがない。もう卒業した人なんだろうか? でも夜や休日に、誰かと親しく電話している様子もない。

 上手くいかなくって別れたってことだろうか。

「その人は、いま学園に?」

「ということは、先輩も聞いたことがないんですね。相手の方がどなたかまでは、私も聞いたことがないんです。ただ、そのお願いは上手くいかなくって、……って、それだけです。とても勿体ないですよね。私なら、絶対にお姉さまを優しく殺して差し上げるのに」

 うっとりした表情で美結はそう語る。彼女の脳裏ではいま、絵梨が殺されているんだろうか。学生のうちに人を殺したいなんて、こんなお嬢様学校にいるのにモラルのない子だな、と思う。でも噂が本当なら、絵梨だって同じだ。あの綺麗な絵梨がそんな情熱を秘めているなんて、あまり想像がつかない。本当のことだろうか。

 真偽に思いを馳せていたので、反応が送れた。それを暗黙の反論ととったのか、美結は笑った。

「もちろん、噂ですけれどね。でも、本当だったらとてもロマンがありますよね。……あら、香子先輩にも、殺したい殺されたいって女の子はいらっしゃいますよ。うふふ、先輩かっこういいんですもの」

「……それは、そんなに知りたくなかった情報かなあ」

「あら、残念。お伝えしておきますね」

 

(後略)

 

3.恋愛ではない <殺人を愛情表現と思わない少女のはなし>

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 中学生のときに、殺されかけたことがある。

 これは全然ロマンティックな話じゃない。怖くて、恐ろしくて、本当なら話すのだって耐えられない話だ。わたしは今でも思い出す。わたしを押さえつける男の身体、爆音となって頭の中に鳴り響くわたしの脈拍、真っ赤に染まった視界はチカチカと点滅する。これが恐怖にならないとしたら、何になるっていうんだろう?

 わたしは殺人が愛だなんて認めない。そんなことは絶対に有り得ない。そんなのは殺した側の独りよがりだ。

 でも誰も共感してくれないのはわかっている。うそー、すごーい、とわめきたてるか、中学生とかマセすぎじゃない? と皮肉っぽく笑うかのどちらかだろう。女子高生はリアルな性体験に飢えていて、きっと一週間ぐらいわたしの話題で持ち切りになる。そうして、一週間したらわたしの可哀相なお話はぽいっと捨てられるのだ。わたしの生々しい恐怖は、彼女たちにとってそれだけの価値しかない。

 

(中略)

 

 わたしが彼と出会ったのは市立の図書館だった。返却の手順がわからなくておろおろしている彼をわたしはカウンターへと連れて行った。ありがとう、妹に頼まれたんだけど、こういうところに来るのも初めてで、そうはにかむ彼はわたしより年上なのに可愛く見えてしまった。

 押し付けるようにして連絡先を渡した。非常識なことをしたと、そのときは反省で忙しかったけれど、いま振り返ると彼も女の子とそういう進展があるのは初めてに違いなく、わたしと同じぐらい慌てていたと思う。

 年の差のあるわたしたちだったが、交際は順調に進んだ。初めは手をつなぐのにも赤面していたが、次第に慣れていき、より性的なことにも挑戦するようになった。わたしの手首を初めて切ったのは彼で、それ以降誰も刃を肌には当てていない。焼けつくような熱量が宿り、痛みに耐えた自分を誇らしく思った覚えがある。手首から垂れる血をなめとる彼の舌が淫靡で、わたしの頭はぐるぐると回った。

 すべて過去の話だ。

 君を殺したい。だめ? 彼はベッドでそう甘く囁いた。おそらく友達同士とそういう話題で盛り上がり、欲求が高まったのだろう。わたしは尻込みしたけれど、彼に説得されて最終的には頷いた。

 そこからは怒涛のように事は進んだ。

 最初は夢のように甘かった。わたしの首筋を撫でる彼の指、官能的な囁き。しかし酸素が届かなくなり苦痛という現実がわたしの身体に押し寄せた。わたしは暴れた。それに伴って男の身体がわたしを押さえつける。痛い、無理だ、もうやめよう、そんな言葉が頭の中で飛び交うけれど、息が吸えなくて何も音にはならない。力が強まり首に走る激痛。爆音となって頭の中に鳴り響くわたしの脈拍。真っ赤に染まった視界はチカチカと点滅する。

 わたしを傷つけるのは誰だ?

 わたしを殺そうとするのは。

 

 殺されるぐらいならば殺してしまえ。

 

 気づけばわたしは解放されていた。彼はわたしの死に物狂いの抵抗に呆然としていた。

「痛かった……?」

 馬鹿げた質問だった。痛いに決まっている。ふざけるな! わたしはそう叫んだつもりだった。しかし口からもれたのは、やめて、という震えた悲痛な声だった。それはどんな罵声よりも彼を傷つけたようだった。

 

(後略)

 

【出店情報】

bunfree.net

 

再掲ですが、当日は、

 出店名:菓子屋の軒下

 ブース:キ-31

でお待ちしています。

上記の文学フリマ東京公式サイトを参照いただき、感染症対策をとってご来場ください。

 

boothにて事後通販も予定しておりますので、当日の会場参加が難しい方はご利用ください。

※もし仮に完売した場合は、通販はありません。

また、第32回文学フリマ東京が中止になった場合は、通販のみに変更します。

 

取り置きのご連絡や、ご不明点は、Twitter:@amaai_jackまでお願いします。