深夜のN分小説

お手軽!簡単!「はじめて」キット

簡単キットだというので買ってやってみた。どうにもまったく簡単だとは思えない。イラスト付きの説明書がついているものの、簡単だというよりは簡潔すぎるといったほうが正しい。試しに動かしてみたが、どうやっても五分ぐらい経ったら主人公が死んでしまう…

公衆電話保護運動

公衆電話を探そう、と言い出したのはヒデだった。特にこれといった理由がある飲み会ではなかったけれど、一次会から店を移して二次会へと続き、みんなひどく酔っぱらっていた。学部の授業の話から、昨日作ったカレーライスにいきなり話がとんでも、誰も違和…

秋風に手を振って

良樹がこっちに帰っていることを知ったのは、彼が東京に戻る直前だった。メールが飛んできて、可能な限り早く駆け付けたけれど、結局会えたのは新幹線の待ち時間になってだった。彼は駅の横のカフェで私にはわからない専門書を広げていた。 「ごめん、お待た…

夢うつつ

ドアベルが軽やかな音を立てて来客を知らせた。薄明るい室内を見渡すと、ほかに客はいないようだった。まっすぐに視線を戻すと、グラスを拭っていたバーテンダーと目が合う。彼はわたしに微笑みかけると、すっとその後ろへと目を走らせた。つまり、真っ暗な…

言葉の遣い方

下駄箱のところで真理亜に出くわした。待っていたの、と聞くと首を振る。じゃあ偶然? と尋ねると首をひねる。よくわからないけれど、無口な真理亜から事情を聞きだすのも面倒なので、一緒に帰ることにした。 靴を履き替えて外に出ると、太陽は既に姿を隠し…

ヨシノが死んでよかった

ヨシノが死んだと聞いたとき、よかったと思った。ヨシノはサクラシリーズの最後の一人だった。サクラシリーズは日本の研究所由来の人工生命で、誰よりも人間たちに心を傾け、親身に寄り添い、そして彼らが死に絶えたのに耐えられず倒れていった。ヨシノも例…

何もない場所を確かめに行く

ヒールと金属の板がぶつかりあって甲高い音を立てる。カンカンカン。 一段、二段、と数えていた時期もあった。 力の続く限り走り続けた時期もあった。 でもどちらにしたって、結局階段は終わらないし、鉄塔はどこまでも伸びていくのだ。それがわかったから、…