公衆電話保護運動

 公衆電話を探そう、と言い出したのはヒデだった。特にこれといった理由がある飲み会ではなかったけれど、一次会から店を移して二次会へと続き、みんなひどく酔っぱらっていた。学部の授業の話から、昨日作ったカレーライスにいきなり話がとんでも、誰も違和感を持たずに相槌を打っていたぐらいだ。公衆電話の話はそういう時にふってわいてでたのだった。駅前の公衆電話が消えたよね、という話を誰がしたのかはもう覚えていない。ヒデはそれにひどく怒りを示した。

「公衆電話が排斥されてるんだよ、よくないよ、この流れはね。この排斥運動はね、今に俺たち民衆にも及ぶよ。その前に公衆電話を救わなきゃ」

 あたしは拍手をした。ブラヴァ、と叫びもした。とても迷惑な客だったことは間違いない。

「救いに行こう、公衆電話を」

「でもどうやって?」

 ユキがそう尋ねる。冷静にツッコミを入れた彼女が、実際はそう取り繕って見えているだけだというのはだいぶ前からはっきりしていた。

「使うんだよ。みんな使わないから要らないんだろって言われるわけ。使ってますよ、需要があるんですよ、って言えば、撤去もできないだろ」

 公衆電話を救おう。あたしたちはそう口ずさみながら店を出た。外は湿っぽいにおいがして、遠くで雷が鳴っているのも聞こえた。雨が降りそうだね、と誰かが呟いたけれど、家に帰ろうと言い出す人はいなかった。それよりももっと大事なことが、今は差し迫っているのだ。

 夜の街を目的地も決めずにさ迷い歩いた。排斥されている、という割には、公衆電話は簡単に見つかった。そのころにはしとしとと雨が降り出していたので、3人で無理矢理電話BOXに押し入った。

 電話をかけたのは言い出しっぺのヒデだった。覚えている番号はこれしかない、と言って、実家のダイヤルを回した。深夜0時ころ、誰も出ない可能性があったけれど、何度か呼び出し音が鳴った後に、無事誰かが受話器を取ったらしかった。ヒデは二言三言会話を交わすと、首をひねりながら受話器を置いた。

「ねえ、出たの」

「誰が出たの? 12時回ってるんだけど、ヒデのうち緩すぎない?」

「姉貴だよ。でもなんかなー、全然話通じなくて」

 ヒデは酔いが醒めたかのように真面目な顔に疑問符を浮かべていた。ヒデが酔ってるからでしょ、お姉ちゃんのせいにするな、と茶々を入れる。

「イヤ、マジでバスとかなんとか」

「聞き間違いじゃない?」

 そう言ってあたしたちは三次会の話題を出した。家で飲み直すうちにヒデも含めみんな公衆電話保護運動のことを忘れ、サークルの話で盛り上がったのちに気絶するように眠りについた。

 

 後から聞いた話だけれど、その夜お姉さんは帰りのバスが事故に巻き込まれ、意識不明の重体になっていたそうだ。酔っぱらって携帯の確認を忘れていたヒデは散々に絞られたらしい。病院で生死をさ迷っていたお姉さんが自宅にかかってきた電話をとれるはずがない。

「マジのとこ、けっこう怪しかったらしいんだよね。ギリギリのところで戻ってこれたのは、俺の電話のおかげじゃない?」

 ヒデはそう言って胸を張るけれど、お姉さんに電話の記憶はないらしい。そしてヒデ自身も、実際に何を話したのかは翌日の頭痛と代わりに失っている。本当にお姉さんと話したのか、得体のしれないものと話したんじゃないかともあたしは疑ってるけど、確かめる方法はなくて疑問は宙に浮いたままだ。しいていえば、ひどく酔っぱらったときは家で飲み直すことに仲間内決めたことだけが、事実として存在している。

 

※お題は「臨死」「公衆電話」「遠雷」を使用しました。