お手軽!簡単!「はじめて」キット

 簡単キットだというので買ってやってみた。どうにもまったく簡単だとは思えない。イラスト付きの説明書がついているものの、簡単だというよりは簡潔すぎるといったほうが正しい。試しに動かしてみたが、どうやっても五分ぐらい経ったら主人公が死んでしまう。友人に相談したら、初期設定のままなのが駄目なのだと笑われた。
「でも簡単っていうんだから、いい感じに設定されてるんじゃないの?」
 愚痴を言うと、あっさりと頷かれた。
「そりゃね。五分持ったんでしょ?」
「うん」
「自力で作ったら、五分なんてもたないよ。とりあえず貸してみなよ。五十分ぐらいには延ばしてあげるから」
「十倍じゃん。ほんとにできるの?」
「まあ見てなって」
 世界設定と、主人公と、その周りのキャラクターたちを友人が弄繰り回していく。並行世界とか、金髪の幼馴染とか、たまに耳鳴りがするとか、何の意味があるかわからない情報が付加されるたびに、理屈はわからないけれど世界の寿命は延びていった。
 指をさして尋ねてみる。
「この、並行世界っていうのは何の意味があるの?」
「平行世界があるとさ、一つの世界で主人公が死んでも全体としてみたときに世界が続いたりするんだよな。冗長性ってやつ」
「ええとじゃあ、両親が海外出張に行くっていうのは?」
「知らん。でもそれ入れると寿命が延びる。……っと、ほら、一時間にはなったぞ」
 友人はキットを放り投げてきた。慌てて受け取る。
「いろいろパラメータ変えたり、設定増やしたりしてみろよ。それでまた寿命が延びるから。こういうキットなら……目標は一日だな。それだけあればエンディングまで辿り着けるからさ」
「へえ。一日ね。なかなか長いなあ」
「でも一回そこまで辿り着いたらさ、ちょっとパラメータ変えるだけでエンディングを変えたりできるし、楽しみ方が増えるからさ。まあ、試してみなよ」
「……この、耳鳴りっていう設定はなに?」
 友人がキットを覗き込む。
「耳鳴り? ああ、主人公のね。なくてもいいんだけどさ、耳鳴りとか眩暈とかがあると、それを予兆として事件が起こりやすいから、ストーリーのバリエーションが増えるんだよ」
「ふうん」
 試しに、その耳鳴りのパラメータを変えてみた。動かしてみると、十秒で主人公が死んでしまう。今までにない最速の終了に、呆然としてしまった。隣で友人が爆笑している。
「ばか、その数値はでかすぎだよ。そんなにひどい耳鳴りが響いたら、人間は死んじゃうから」
「そうなの? 面倒だなあ」
「可哀相にな、お前がテキトーに数値を入れたせいで五百億人ぐらい一気に死んだぞ」
「まあたかが五百億だし……」
 そう言いながらキットを再稼働した。いろいろエンディングを見てみたいけど、それまでトライアンドエラーを行う根気が持つかどうかが問題だ。お蔵入りになったらそれこそ本当に五百億人が可哀相だな、と益体もないことを考えた。

 

※お題は「耳鳴り」「マルチエンディング」「世界五分前仮説」でした。