嗚呼素晴らしきかなメリー・クリスマス

 クリスマスが毎年楽しみだった。一年でいちばん好きな日だ。二番目は誕生日。なんで誕生日が二番目かっていうと、誕生日は僕と、僕の家族や友人だけが楽しいけど、クリスマスは街中のみんなが楽しい日だから。だからいちばんだ。

 クリスマスって、すごく素敵なイベントだと思う。十二月に入ると、イルミネーションがどこからともなく現れて、街中が輝きだす。街灯についたスピーカーはクリスマス・キャロルを流して、それを聴くと自然と心が弾んでしまう。もうすぐクリスマスだ!って。

 実のところ、僕は一回もサンタクロースに会ったことがない。サンタはいないよって友達は言う。大学生にもなって未だに信じてるのかって笑われてしまった。小学生のころはみんな真面目に話を聞いてくれたのに。僕はずっと信じてる。というか、いるって知ってるんだ。だって毎年、サンタクロースは僕が欲しいものをくれるんだから。

 十歳のときは、最新のゲームソフト。

 十五歳のときは、ずっと欲しかった革のジャケット。

 二十歳の――今年は、きみを。

 

 きみと離れ離れになってしまったとき、とても悲しかった。

 きみは僕の初めてできた恋人だった。きみといるだけで、こんなにも世界が輝くのかと驚きの連続だった。もちろん、人を好きなったのは初めてじゃない。家族も、たくさんの友人も、みんな僕の大切な人だ。でも、誰か一人だけを幸せにしたいと思ったのは初めてだった。

 一緒にいろんなところに行ったよね。覚えてる? 真冬に北海道に行ったときのこと。テレビで札幌の蟹の特集が組まれていて、どうしても食べたくなったんだ。きみは冬に北海道なんて行くものじゃないと行ったけれど、最後は着いてきてくれたね。蟹は美味しかったし、真冬の北海道は想像よりも寒くって、僕はすごく楽しかった。あんなに雪が積もっているのをみるのは初めてだったから、思わず飛び込んでしまったんだよね。貴方といると、世の中に悪いことなんて何ひとつないみたいに思えちゃうわ、ってきみは声をあげて笑った。その笑顔は、天使みたいに綺麗だったんだ。

 だから、そんなきみともう二度と会えないとわかったとき――僕は目の前が真っ暗になった。君がいない世界でどうやって生きていたのか、もう思い出せなかった。無理だとわかっていても、もう一度きみに会えたら。せめて、温かい言葉で見送ってあげたい。どうして最後に会ったとき、あんな些細なことで喧嘩してしまったんだろう。

 もう一度、きみの笑顔がみたい。この腕できみを抱きしめたい。

 きみに、会いたい。

 そう懇願するように日々を過ごしていたところに、きみが帰ってきてくれたのは、まさしく奇跡だと思った。十二月の二十四日。バイトから戻ってきた僕のアパートのドアの前で、きみは寒そうに立ち尽くしていた。きみではない、とは疑わなかった。だって明日はクリスマスだ。サンタクロースからのプレゼントだ、と思った。

 たしかに、今のきみの足は透き通っていて綺麗なブーツは履けないし、抱きしめようにもその体をすり抜けてしまうけれど、そんなことは関係ない。再会してからのきみの言葉は難解で、聞き取れないことが多い。一度離れ離れになってしまったときに、新しい言語を覚えてきたんだよね。でも偶に日本語で喋ってくれるから、そのときのきみの声音に僕はうっとりとしてしまうんだ。相変わらず、鈴が転がるような可愛らしい響きを聴かせてくれる。どんな姿であろうとも、きみは間違いなく僕の恋人だ。

 

「じゃーん。クリスマスケーキ、買っちゃった。きみが食べられないってわかってたけど……でも、可愛いでしょ? 僕が食べるから、無駄にはならないよ」

 箱から出した2ピースのケーキをきみの前に並べる。

『銀h慮』

 きみが何かを言って、少し寂しそうに笑った。せっかく買ってきたのに。食べられないのはやっぱり嫌なんだろうか? でもせっかくのクリスマスだから、形だけでも整えて盛り上がりたかったんだ。

『貴方が、』

 日本語だ。僕はぱっと顔をあげた。きみの言葉は一言一句聞き逃したくない。

『世界の見え方を変えてしてくれるんだって思ってたときもあった。違うのね。貴方はただ、悪いことを見ないようにしてるだけなのよ』

「どういうこと?」

 きみは風呂場を指さす。実は最近掃除をさぼっていて、近所の大衆浴場に通っている。ちゃんと掃除をしろ、ということだろうか? たしかに、ちょっと匂いがきつくなってきたような気もする。

「掃除? でもめんどうなんだよなあ。今日はクリスマスなんだからいいでしょ。また今度やるよ」

『今度っていつ?』

「うーんと……」

『いま』

「え?」

『いま、やってきてよ。いますぐに、あの風呂場のドアを開けて、中の、わたしの、ぎたいdごwみtghけてmfdffぢょわひs度wp簿とぢgky底をさっさと御代rンsd氏よ』

 あ、また聞き取れなくなってしまった。きみの口が動いているから、何かを喋っているのはわかるけれど、意味をなさない音の並びにしか聞こえなくて、何を伝えたいのかはわからない。すごく残念だ。きみの言葉は一言一句聞き逃したくないのに。

 ええと、それで。

 何の話だったっけ。

「あ、そうだ、クリスマスケーキ。しょうがないから、僕が二個食べちゃうね。違うよ、決して二個食べたかったとかじゃなくてさ、あはは」

『えshすんs』

 きみはまた寂しそうに笑う。きみの輝くような笑顔が好きだったけれど、ずっと見ていない。でも、無理して笑う必要なんてない。きみが笑わない分、ぼくが笑うから。いつかきみが自然と、声をあげて笑ってくれるのを待ってる。

 フォークで掬い取った一口は、一口というには大きすぎたけど、思い切って頬張った。去年、一緒に選んだケーキ屋さんの味はそのままだ。外はホワイト・クリスマスで、ケーキは美味しいし、こうしてまたきみと一緒にいられる。

 やっぱりクリスマスって一年でいちばん楽しい日だ。

 

後書き

筑波大学文芸部関係者による Advent Calendar 2020にOGとして参加させていただきました。既視感がある?2回目なので…。上記の小説は12/15のために書き下ろしました。

adventar.org

・前回が明るい話だったので、暗い話を書こうとしたのですが、楽しい話になってしまいました。不思議だなぁ。