FORGIVE (2022/12/1)

 私の仕事は人を殺すことだ。

 主に、若く、考えなしで、根拠のない自信に溢れていて、スリルに飢えている、そういう男女を殺すことが多い。私は彼らを殺す方法を千以上考えてきたし、彼らを追いつめる殺人鬼を五十以上、彼らを恐怖させる怪物を百以上生み出してきた。

 彼らの四肢がバラバラになるといい。そのとき彼らが惨めったらしく生にしがみつき、狂ってしまいそうなほど怯えていたほうが好まれる。ただ単に殺すだけでは駄目なのだ。そこにはより彼らが可哀想に思えるようなドラマが必要になる。まるで何かの罰であるかのように。

 とはいえ私自身はそこには何の感慨もない。最初はあったかもしれないが、もう薄れてしまった。これはただの作業だ。自分が持っているライブラリから、求められるものを引っ張り出して構成し、手直しするだけ。私は無感動に人を殺すことができる。

 メールの着信音。

 大学時代の後輩だった。仕事の後輩でもある。とはいえ彼は私とは違って、明るくユーモラスな人間だ。メールには、これから食事でも行かないかと書かれていた。私は承諾する。誘いは基本的に断らないようにしている。たまには人と行動したほうが健康的だし、私のような人間はいつ誘われなくなるかわからないのだから、断る権利はないと思ったほうがいい。

 上野駅で待ち合わせた。ランチにいい店があるんですよ、と後輩が言う。店に向かって歩きながら、彼はいろいろな話を振ってきた。退屈させないように、という配慮だろう。あるいは、こんな陰気な人間であっても、相手のことを知ろうという姿勢を持っているのかもしれない。いずれにしてもできた人間だ。――このように、知人を上から目線評価するような人間では土俵に立つこともできない。

「先輩、また新刊出しましたよね? 売れ行きいいそうじゃないですか」

「もともと期待されていないだけだよ。無名な作家の本が思ったよりも売れたという、ただそれだけの話だ」

「そんなことないですよ。先輩が無名だったら俺なんかどうですか。でも、一冊買いましたけどやっぱり面白いですよね。わかりやすくて、なんていうか、エンタメ性があるっていうか。最後までの飽きないんですよね。若者に人気あるっていうのもわかりますね」

「わざわざ買わなくても、言ってくれれば送るのに」

「まさか! 書店で買うのがいいんですよ。俺、先輩のファンなんで!」

 後輩は歯を見せてにっこり笑う。あまりにも見苦しくて目をそらした。太陽のように明るい人間が、どうして自分と付き合いを続けてくれているのかさっぱりわからない。聖人君子だから、むしろ、気にならないのだろうか。こんな人間からしたら、私の陰湿さなんて他の人間と五十歩百歩なのかもしれない。そうだとしたらいい。

 ああ、また他人の不幸を願ってしまった。

「この交差点の向こうですね」

 赤へと変わった信号を見ながら足を止める。手持ち無沙汰になって口を開いた。

「君は、いろいろなお店を知っていてすごいね」

「暇があるとついつい調べちゃうんですよねー。仕事しろ! って感じですよね」

「確かに、君はもっと仕事をしたほうがいいかもしれない」

 そう言ってから、きつい言い方だったと気づいた。そもそも他人にサボっていると言えるほど私は仕事をしていないし、そんな権利なんてない。

 慌てて言葉を足した。

「……君の書く話は人の痛みに寄り添ってくれる。君の新刊を待っている人は、きっと沢山いるよ」

 私の本と違って。

 いや、私の本にも読者はいるだろう。けれど私が書かなくなったところで、きっと別の娯楽を見つけるだけだ。私の本を読んでくれているのは、それが手頃だからに過ぎない。彼の生み出す話とは根本的に価値が違うのだ。

「先輩は、」

 彼が何かを言おうとして、ふと言葉を止めた。視線を追うと、右手の道から白杖をついている男性が歩いてくるのが見えた。彼の辿る点字ブロックを、ラーメン屋の前に止められた自転車が塞いでいる。

 ああ、彼はこんなことにもすぐ気づくことができるのだ。

 私は男性に駆け寄り、自転車が、えっと、ブロックを、と支離滅裂なことを言った。それでも、男性はすぐに理解してくれて、自転車が道を塞いでいるんですか、と聞き返すので、そうです、と肯定する。その間に後輩が自転車を邪魔にならない程度に脇へと寄せてくれる。結局私が出る幕はなかった。

 お礼を言って私たちが来たほうへと去っていく彼を見送る。後輩がぽつりと呟いた。

「先輩は、いいひとですね」

「はは、そんなことないよ」

 赤信号は青信号へと変わる。歩き出しながら、どうして後輩は唐突にそんなことを言ったのだろうと不思議に思った。私が男性へと声を掛けたからだろうか。しかしそれはたまたま私のほうが男性に近づくのが早かったからで、彼とさして変わることはないだろう。むしろ、先に男性の様子に気づき、さらに自転車をどかした彼のほうが功績は大きいはずだ。

 しかし、理性的にそう分析していても、いいひとだと言われると嫌な気持ちにはならない。こんな私がまともな人間に、――褒められるような人間であったかのような気がする。そんなはずがないのに。浅ましい。性根が悪いのであれば、せめてそれを認められるだけの謙虚さがあればましになるのに。

 店に着くと、満席だと告げられる。後輩は謝るのを気まずく思いながら否定する。私たちはその場から見えたファミレスへと向かうことにした。風になびくのぼりにはハンバーグの文字が見える。あれを食べたら帰って寝よう、と決めた。

 

12月に読んだ本:
「異常【アノマリー】」/エルヴェル・テリエ
「ビブリオフィリアの乙女たち」/宮田眞砂  など

12月に観た映画:すずめの戸締まり など