読書感想文 「いずれすべては海の中に」より「そして(Nマイナス1)人しかいなくなった」

読書感想文 Advent Calendar 2025 - Adventar

の12/24の記事として書いています。

 

読書感想文を書くのなんて小学生以来で、不思議な感じがする。

 

読んだ作品は、「いずれすべては海の中に」より「そして(Nマイナス1)人しかいなくなった」。
この作品を取り上げようと思った理由は2つあって、1つは表紙がカッコイイからである。書影を載せようと思ったんだけど、版元ドットコムでは利用不可になっていた。だからリンクだけ貼っておく。

www.hanmoto.com

背表紙が一番カッコイイと思っているので、できれば書店で探してみてほしい。竹書房文庫の本は全部カッコいい。難点は基本的に翻訳された外国作家の本であるところで、私は翻訳された文章を読むのが得意ではないので。
2つ目の理由は短編集だからで、その中の1作品しか取り上げようとしていないところからわかる通り、この記事を書くにあたって時間がなかった。本当はカササギ殺人事件を読みたかったんだけど、まだ上巻も終わっていない。下巻から面白くなるらしいので頑張りたいところである。
短編集の中で、最もタイトルがカッコイイと思った作品を取り上げることにする。

 

以降はネタバレを含む。

 

「そして(Nマイナス1)人しかいなくなった」は「多元宇宙のサラ・ピンスカーたちが集まるサラコンで起きた殺人事件をサラ・ピンスカーのひとりが解決するSFミステリ」らしい。(裏表紙のあらすじからそのまま引用した)
これはおおむねその通りで、というかほぼネタバレである。多元宇宙のサラ・ピンスカーが集まるし、サラコンというのはだから、サラ・コンペティションの略のはずだ。人が死ぬし、それは事故ではなくて殺人だったし(これもネタバレ)、それを主人公のサラ・ピンスカーが解明する。解決するという表現には解釈の余地があるので、そこは違うかもしれない。解決はしていないかも。
N人の――数百人ものサラ・ピンスカーが集まるホテルで、1人のサラ・ピンスカーが死ぬし、彼女を殺したのもサラ・ピンスカーだし、探偵役もサラ・ピンスカー。特殊設定ミステリの極致とも思えるけれども、実際はミステリーというよりSFとしての要素のほうが強い。
並行世界のサラ・ピンスカーと出会うサラ・ピンスカーたちは、ほとんど同じ容姿と(たとえば髪の長さとか、服装とか、性転換していたりとかという違いを除けばほとんど同じ)、ほとんど同じ性格(サラコンに参加するのも怖いけれど、参加せずに後悔するところも怖いといったところ)の人間をみて、でも必ずどこかは違う人生を歩むサラ・ピンスカーをみて、彼女と自分の分岐点に思いを馳せる。あそこでああしていたら。それは羨ましいこともあるし、ほっとすることもある。
たとえば主人公のサラ・ピンスカーは学生のころ暴走する馬から少女を助けることができたけれど、助けられなかった――馬から落馬する少女を目の当たりにしたサラ・ピンスカーもいる。
だからこの物語は、ずっと選択の話をしている。
私自身は、選択を後悔することはあまりない。そもそも本を読んで、自分に重ねて何かを考えるということをしないのだけれど、読書感想文というのはそういうことを書くものだと小学生の頃に学んだので考えてみる。
私は日々の食事や、どんな服を買うかといった選択には絶対に後悔したくなくて、1つ1つを吟味するのだけれど、不思議と大きな決断に迷うことはないし、あとからもっと考えればよかった、と後悔することも少ない。11月には転職をしたのだけれど、辞めるのも転職先を決めるのも即決と言ってもよかった。1つだけ大きな後悔はあるけれど、それに関しては割愛する。
きっとサラは違う判断の先の世界線があることに安心感を覚えるのだと思うけれど、私は想像するとむしろ不安な気持ちになる。今がいつだって最善のように歩んできたはずで、他の世界線ではもっとずっと苦しんでいる私がいるのかもしれないと思うと可哀想だ。ピアニストや、小説家になってもっと楽しく暮らしている私だって、いるかもしれないけれど。
サラ・ピンスカーに話を戻そう。私は「そして(Nマイナス1)人しかいなくなった」の魅力は、少しずつ違うサラ・ピンスカーの観察の描写だと思う。主人公は出会うサラ・ピンスカーの中に、自分と同じところと違うところを見出す。毎度。「ほとんど同じ」サラ・ピンスカーの1人1人の描写をみるたびに、何をもって個性とするのか、作者の人間描写の上手さを感じる。
面白いところは、何百人もいるサラ・ピンスカーの中には、SF作家もいる。つまりこれは、主人公ではないサラ・ピンスカーが描いた物語なのだ。

 

最後に訳者あとがきで紹介されていた原題を示して終わりにしたい。原題は『And Then There Were (N-one)』。言わずと知れた名作「そして誰もいなくなった(『And Then There Were None』)」をひねった素晴らしいタイトルだと思う。