アイスコーヒー(2023/12)

「ごめん、待った?」
「ううん、私も今きたところ」
 そんな有り触れた会話で私と林原君のデートは始まった。パーカーを着た林原君は、制服姿しか知らない私には新鮮で、それだけで胸がいっぱいになった。手を繋いで映画館へと歩き出す。私の好きな映画。私の好きなオムライスで少し遅いランチ。おしゃれなモニュメントの置かれた公園を散歩しながらとりとめもない話をする。夢にみた理想のデートだった。
 だからこそ、ひとつずつ重ねるたびに、本当にこうなっちゃうんだ、という不安感が胸に突き刺さった。
 大来さんってディズニー好きだったよね、と林原君は覚えていてくれていたし、女の子が好きそうなカフェをいくつか調べてくれていた。お姫様みたいに扱ってくれた。そうして欲しいとずっと思っていた。林原君が、私を世界でいちばん大切な人として扱ってくれたらどんなにいいだろうって。
 どうしてそうも切実に願っていたかというと、叶わないと思っていたからだ。
「喉乾いたよね、なにか飲み物買ってくるけど、苦手なものとかある?」
 ううん、特にないよ、そう答えながら、何も買ってこないで欲しいと願う。なんならもう解散でもいい。寂しくなるぐらいがちょうどいい。私が寂しがっていて、林原君にはへっちゃらな顔で、駄々をこねる私に困ったように笑ってほしい。
 残念ながら現実はむしろ逆で、私はもう終わっていいと思っているのに、林原君がデートを続けようとしている。まるで林原君のほうが私のことを好きみたいだ。好き?
たった数日前に、私から告白したのに? それまで私のことなんか眼中になかったはずなのに?
 林原君がアイスコーヒーを手に戻ってくる。むこうに見えるキッチンカーで買ってきてくれたらしい。この優しさが私を好きだからなんかじゃなくて、万人に向けられるものだったらいいのに。
 ベンチに座って話しながら、林原君の好きなところを一つずつ数え上げる。
 数学が得意なところ。
 目尻が垂れていて優しく見える顔立ち。
 たまに後ろ髪がぴょこんと跳ねているのが可愛い。……可愛いかな?
 男子たちが下ネタで盛り上がっていても、困ったように笑って混ざらないところ。
 どれも好き。うん、大丈夫。
「あのさ、大来さん」
「うん」
 林原君が空になったカップをベンチに置く。そっと、私に顔を寄せた。
 あ、キスされるんだ。
 気持ち悪い、と思った。思考よりも先に、シンプルな嫌悪感が胸に広がってしまった。鳥肌がバレませんようにと祈りながら、目をつぶって落ちてくる唇を受け入れる。
 どうしてキスなんかするんだろう。キスしてみたいから。それぐらいの軽い性欲で、好きでもない女の子にキスできる男の子ならよかったけれど、林原君がそんな男の子だったら好きにはならなかった。
 林原君は私のことが好きなんだ。キスしたいと思うぐらいに。
 どうして? 可愛くもなくて、勉強も運動もできない、愛想もない私なんかを、どうして好きになるんだろう。ただ告白されたから、それだけの理由で好きになれるものなの?
 そんな混乱を押しつぶすように、胸の中で、だいじょうぶ、と呟く。
 だいじょうぶ、だいじょうぶ。
 今回は急だったからびっくりしたけれど、キスをされて嬉しいなと思うときが私にもくる。慣れるまで我慢すればだいじょうぶ。だって私は林原君のことが好きだから
 数学が得意で、優しい顔立ちで、穏やかな話し方をする林原君のことが好き。
 私のことを好きなんかじゃない林原君のことが、好き。だった。

 

<12月読んだ主な本>
・明るい夜に出かけて/佐藤多 佳子
・蒼海館の殺人/阿津川 辰海
近畿地方のある場所について/背筋
・あなたのための短歌集/木下 龍也

毎月なにか書くチャレンジを2022年11月から続けてきましたが、一旦終わりとします。
毎月書くというノルマを課すことで、アウトプットの練習になったと思います。これからは、一作一作により時間をかけて、練度の高い作品を作りたいと思っています。
お読みいただいた皆様、ありがとうございました。