「Kneel to ME for YOU - Dom/Subユニバース短編集 -」サンプル
一次創作同人誌「Kneel to ME for YOU - Dom/Subユニバース短編集 -」のサンプルです
2023/5/29開催の第三十四回文学フリマ東京で新刊として販売しました。
事後通販も行っています。
タイトル通り、Dom/Subユニバースの短編小説集。
BLと男女CP混在ですのでご注意ください。
無印版(全年齢)とR版があり内容は異なります。
R版は無印版のネタバレ(続編)を含みますのでご注意ください。
セット買いがオススメです。
サンプル①Kneel / 不真面目Dom×真面目Sub(BL)
「Kneel(跪いて)」
繰り返し、何十回となく聞いてきた単語だ。今日も僕は唯々諾々と、Domの膝元に座り込む。通過儀礼のようになったこの行為に対して、僕は未だに慣れることができない。興奮も、苛立ちも、情けなさも、まるで初めてのようにわき上がってくる。
ただ、床に座るというだけの行為に、僕たちの身体ははどうしてこんなにも意味を見出してしまうんだろう。
「Look(こっちを見て)」
命令に従って、顔を上げる。僕たちの、目線が絡まった。
「Good(いい子)」
その言葉に、ぼくは。
+ + +
「人のダイナミクスがそれぞれ違うように、成長も個人差があるんですよ。立花さんのように早いうちからSubとしての特性が出る人もいれば、成人してから出るような人もいます。決して恥ずかしがることではないんですよ」
安東先生の話を、ぼくは話半分に聞いていた。反論できる箇所はいくらでもあった。そんなことは保健の授業で散々聞かされてじゅうぶんわかってるってこととか、別に恥ずかしがってないってこととか、Subの特性なんて出てないってこととか。でも何も言わず、素直に頷いた。
「わかりました、先生」
「抑制剤も渡しますが、立花さんの体にはまだ強すぎるかもしれません」
安東先生は机の引き出しから薬の袋を取り出して、渡してくれた。袋には立花文と名前が書いてあった。
「抑制剤の効果は授業で伝えましたが、覚えていますか?」
「はい、先生。抑制剤は、DomやSubの欲求を抑えたり、体調が悪くなるのを防ぐことができます」
「よく勉強していますね、その通りです。抑制剤をいつ飲むか、というのは、患者さんとお医者さんが話し合って決めます。たとえば、風邪薬だったら一日に三回、というのが決まっていますよね? そうではなくて、その人個人の特性にあったように、飲み方を決めるんです。先ほども言ったように、ダイナミクスの特性がどの程度出るか、というのは個人差がありますからね」
「はい」
「立花さんはまだ十二歳ですし、一週間に一回の服用で様子を見てみましょう」
「一週間に一回、飲めばいいってことですか? ええと……」
ぼくは薬の袋に書いてある手書きの文字を読む。
「二錠?」
先生が頷く。ぼくは拍子抜けした。もっと飲まなきゃいけないものだと思っていた。一週間に一回だったらへっちゃらだ。というか、飲んでも意味があるんだろうか?
「飲み忘れないようにね。この前みたいに倒れたら大変でしょう?」
倒れたのは、一度も抑制剤を飲んだり、プレイをしていなかったからだって、先生が言ったのに。一回のみ忘れたぐらいじゃ、影響なんてないと思う。
という言葉は飲み込む。社会で上手くやっていくコツは、言う必要がないことは言わないってことだ。
「気を付けます」
ところで、ぼくはこの袋と同じものを、前にも見たことがある。
保健室を出た足で、ぼくは美術室に向かった。6時間目の後の学校は、しんと静まり返っている。外から、サッカーをして騒ぐ人たちの声が聞こえるぐらい。
美術室にも、一人しか生徒は残っていなかった。フジイソウスケ君。
ガラリ、という扉を開けた音に反応して、彼は振り返った。
「は? なに? 委員長が何の用?」
彼のイーゼルには、大きなキャンバスが立てかけられていた。それが一面、真っ黒に塗られている。何が描かれているのか、何を描きたいのか、遠目に見ただけではわからない。
美術室は使いたい人なら誰でも使っていいことになっている。でも、フジイ君がいるから、自然とみんな避けるようになった。フジイ君はいつもイライラしているし、ちょっとしたことでも怒ってきたりするから、みんな関わらないようにしている。
先週だってそう。フジイ君に関わりたくないからって、オウイチロウとタカバシ君がぼくに泣きついてきたのだ。
近付くと、キャンバスに塗られた黒色は、厳密にはいろんな黒が混じっていることがわかった。赤っぽい黒、青っぽい黒、灰色みたいな黒、真っ黒の黒。目を凝らせば、何かが描いてあるのが読み取れる気もする。動物?だろうか。
まあいい。今日の本題は、絵のことじゃない。
「フジイ君ってDom? Sub?」
「なんだよいきなり。どこから聞いたんだよ」
フジイ君は絵筆を置いてぼくを睨みつけた。
「抑制剤の袋、机の引き出しに入れっぱなしだったでしょ」
「ノゾキかよ」
「引き出しからあふれて落ちてたんだよ。フジイ君、引き出しの中、もっと綺麗にしたほうがいいと思うよ」
「うるせーな。センセーかよ」
舌打ちをした。どうやら納得したらしいし、引き出しの中がぐちゃぐちゃになっていたのはやっぱり元からだったんだろう。あとでタカバシ君に言っておかないと。机ひっくり返したの全然気づいてなかったよ、って。
「で、なに。俺がDomだからって委員長に関係ある? つーか、言いふらしたって別に構わねーし」
「コマンド、使ってみてほしいんだよね」
「はあ?」
ぼくは手に持った袋をひらひらと掲げた。
「ぼく、Subなんだって。ぜんぜん症状とかないけど」
「委員長がSub? ふざけんなよ、んなわけねーだろ。委員長がSubだったら、ハセグチとか、タキガワとかだって、つーか、クラスの全員Subじゃねえとおかしいだろ」
「フジイ君、この間もハセグチ君に悪口言ってたよね。いい加減やめなよ」
「委員長、誤診じゃねーの」
「じゃない。この間、授業中に倒れたの、欲求を解消できていなかったかららしいし」
「へー」
フジイ君は机に頬杖をついてわたしを見上げた。
「で、なんでコマンド? そんな欲求不満なわけ?」
「ぜんぜん。Subって実感もないし、先生は抑制剤でどうにかしろって言うし。コマンド使われらどんな感じなのか、試してみたいんだよね」
「ふうん。確かに俺も、プレイしてみようとか何も言われなかったな」
「でしょ? 近くにDomの人がいるなら――」
「やってみてもいいんじゃいかって? 委員長って意外とヤンチャだな」
口を尖らせて釘を指しておく。
「先生には言わないでね。怒られたくないし」
「オッケー。じゃあ、どこでやる?」
「ここでいいんじゃない? あの、なんだっけ、一番基本の座るやつ。試しにあれやってみようよ。座るだけなら、どこでもいいでしょ」
「あー、たしかに。それじゃ――」
+ + +
このとき、僕たちはまだ幼く、知識も良識もなかった。だからあんなに躊躇なくプレイに踏み切れたのだ。今だったら、セーフワードも用意せず、無防備にコマンドを使うなんてお互いしないだろう。
たった一言が、DomとSubにとってあれほどの力を持つなんて、僕たちは知らなかったのだ。僕たちは侮っていた――つまり、ダイナミクス、というものを。
+ + +
「Good Boy(いい子だ)」
座り込んだ僕の髪に、ソウの手が触れる。それだけで、とろりと溶けていくような快感に包まれる。褒めてもらえた。よかった、ぼくはまたいい子としてみとめてもらえた。
ふぅ、と吐息を漏らす。足の先、手の指から、体がほろほろと崩れていくようだ。脱力する身体に任せて、ソウの太腿に頭を置いた。
髪の毛に何かが触れた。それは、ゆっくりとつむじから耳にかけて往復する。鼻をくすぐる油性絵の具の匂い。ソウのGlareが染みわたっていく。ぞくり、と身体の芯が震えた。
「気持ちいい?」
問いかけに素直に応える。
「……うん。ん、…………ちょっと、……待って」
頭をあげてふるふると振ると、次第に意識がはっきりとしてきた。
「あー、うん、大丈夫」
「おし」
ソウが僕を引っ張り上げて立たせてくれた。ベッドに座った彼と向き合うように、学習机の椅子に腰かける。
「で、どう?」
「すっきりした。いつも通りって感じ。ソウは?」
「俺も十分解消できたわ」
「お互い楽でいいよね。Kneelひとつで解消できるんだし」
「まーな」
小学六年生の秋に初めてコマンドを使ってから、僕とソウ――藤井聡介は繰り返しプレイをするようになった。まだ、パートナーという言葉も知らないうちだ。二人とも早熟だったし、その割りにDomやSubとしても欲求は強くない、というのも一致していた。
欲求を解消するようになってから、多少の変化もあった。僕は必要以上に先生や親にいい子に見られようとするのをやめたし、ソウはあれほど教師を悩ませていた乱暴な言動を慎むようになった。そうなってから僕たちは初めて、あの衝動が欲求の不満から来ていたのだと知ることになったのだ。
教師に褒められなくてもいいと気が抜けたとたん、不思議とクラスメイトは僕に信頼を寄せるようになった。それまで僕は、教師にいいカッコをする真面目キャラ――もちろん、いい意味じゃない――で、彼らの都合のいいときだけ頼み事をされていた。そのことに不満なんてないつもりだったけど、人生の悩み事を相談されたり、気軽にカラオケに誘ってもらったり、そういう風に自分を認めてもらえるのは、なんだか嬉しかった。
一方で、乱暴者でなくなったソウは、女の子から慕われるようになった。美術に専念する彼はミステリアスで、それでいて男らしさもある魅力的な男性――なのだそうだ。僕には女子の考えていることはよくわからない。
「そーいえばさあ、一組の田中? って女子、知ってる?」
ソウが参考書をパラパラめくりながらそう尋ねてきた。
「さあ……なんで?」
「お前のこと好きなんだって」
「なんだって、って……本人から聞いたの?」
「ちげーよ。なんか噂で回ってきた。あと、三組の宮内はお前のこと嫌いだって」
それは別に教えてもらわなくていい。
「せっかくだし付き合えば?」
「それ、Domとして言ってる?」
「んなわけねーだろ。友人として」
「ふーん」
正直、女子と付き合うことに興味はない。Subだからなのか、女の子をリードしたいとか、男らしいと尊敬されたいとか、そういう欲求がない。ソウとプレイをしているほうが、ずっと心が満たされると思う。それを、ソウもわかっていると思っていたけど。
「……あ、そういえば田中さんってあの胸が大きい子か」
とはいえ、人並に性欲はある。
「フミ、サイッテー」
女子の甲高い声を真似して、ソウが揶揄ってくる。
「事実を言っただけじゃん」
「じゃあ本人にも言えよ?」
「言うわけないでしょ」
「命令だっつったら?」
「セーフワード使っていい?」
「初めてをここで使うか」
「ていうか、あんまり女の子と付き合うとか興味ないんだよねー」
と、正直に言う。
「ソウも同じだと思ってたけど」
あれだけモテているのだ、付き合おうと思えばいくらでも機会はあったはず。
「残念ながらフミと違って、俺は胸より足派でーす」
「そういうことじゃなくて」
茶化して答えるソウを窘める。
「わかってるよ。わかってるけど、俺はパートナーと恋人は別モンだと思ってるよ。俺といるのが楽しいのはわかるけどさ、一回付き合ってみればそれはそれでいいじゃんってなるかもしれねーじゃん」
「じゃあ何でソウは彼女つくらないわけ?」
「……フミといる方がおもしれーから」
「ほら」
「ほらじゃねーし!」
ソウが教科書を投げつけてきた。痛くもないけど、びっくりはする。
こういう、直情的に手が出るところはこの男の本質な気がする。苛立ったり、照れたりしたりすると、すぐに。
「やめろよ、勉強するんでしょ? 目指せ、赤点回避」
「今度こそはなー」
「先生も陰で泣いてるって、頑張りなよ。さっさとノート出して」
「あーい」
教科書の付箋が貼られたページを開いて、ソウと一緒に覗き込む。
なんだかんだ、高校を卒業してからも、大学生になっても、働きだしても、こうしてソウと二人でいるような気がする。それは愉快な日々になるんだろうなあと、悪い予感はしなかった。
サンプル②Shush /優しい支配Dom×従順Sub(男女)
ひかりの彼氏って、Domなのに優しくてほんと羨ましい。
と、言ったのは早紀ちゃんだった。
早紀ちゃんもSubで、パートナーのプレイがきつすぎてついていけない、とよく愚痴を零している。けれどプレイ明けの朝はいつもよりも元気そうに見えるから、口ではそう言いつつも満足はしているんだろう。私たちは早紀ちゃんとそのパートナーを、鍋蓋と呼んでいる。割れ鍋に綴じ蓋コンビ。
「ひかり」
咎めるように名前を呼ばれて、はっと目の前のえいくんに意識を集中させた。わたしの意識が逸れると、不思議なことにえいくんはすぐ気が付く。そして少しだけ不機嫌になる。
「ごめんなさい、えいくん」
「いいよ。ちゃんと謝れてえらいね、ひかり」
そう言って頭を撫でるえいくんの声には、怒っていた様子は欠片も残っていない。早紀ちゃんの言うとおり、えいくんはいつも優しい。甘ったるいぐらいに。
「ひかり、いい?」
「うん」
「セーフワードは覚えてる?」
「ピアニスト」
私とえいくんの、子供のころの夢。
「OK。Shush(静かにしてね)、ひかり」
言われた通り、口を閉じる。
「俺がいいって言うまで喋っちゃダメだよ」
いつも通りのルールに、こくり、と頷く。
「腕を出して。つけるよ」
えいくんが鞄からいつもの手枷を取り出した。内側はふわふわの素材になっていて、決してわたしを傷つけることはない。ただ、身動きが取りづらくなるだけ。わたしの自由に動いてはダメだよ、という意思表示。
手枷をつけ終わると、次は重箱が出てくる。中にはえいくんが作ったお弁当が二人前、入っている。
「はい、口を開けて」
口を開ける。
「卵焼き。じゃこが入ってるのを、前に美味しそうに食べてたから、今日もそうしちゃった」
えいくんは、わたしのことを何でも知っている。
「あーん」
あー、
ん。
「ちゃんと噛んでね」
もぐもぐ。
「はい、口を開けて」
これの繰り返し。
えいくんに作ってもらったお弁当を、えいくんに給餌してもうこの時間が、私たちにとって何よりも大切だ。そのために、講義がない日も、えいくんに会いに――あるいは、えいくんが私に会いに、大学に来る。たまに講義をさぼったりもする。
もちろん、大事なのは食事だけではないけれど。着替え、お風呂、朝起こしてもらうこと、童話の読み聞かせで寝かしつけてもらうこと。
毎日のひとつひとつの動作が、わたしとえいくんを強く結びつけていく。私を、えいくんがいなければ何もできないわたしにする。
(後略)
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