薄明(2023/11)
大毅のアパートの隣にはガストがあって、そこが僕たちのたまり場だった。僕たちは最初そこで履修の組み方の相談をした。推奨される時間割は提示されていたものの、大毅はどこからか先輩の過去の時間割を入手してきて、これが楽単で、と指差しながら見せてくれた。どうして僕にだけ教えてくれたのか結局わからなかったけれど、きっと人生ってそういう風に大した理由もなく決まることがあるんだろう。
「で、この教授の授業は欠席取らないから、テストさえ受ければいいらしい」
「それってテストが難しいんじゃないの?」
「過去問さえ手に入れば楽勝」
大毅がブイサインをしながら、過去問の写真を見せてきた。
「へー、もう手に入れたんだ。早いね」
「まあ」
「どんな問題があるの?」
僕は写真を拡大しようと手を伸ばした。中指の反応が悪かったのか、テスト用紙の写真はスワイプされ、画像フォルダのひとつ前の写真が目に飛び込んできた。
裸の女の子の写真だった。
AVやそういう類の雑誌を撮ったものには見えなかった。構図も何も考えられていない素人感と、間違いなく生の人間を撮ったと思われる画質の良さがアンバランスだった。
「え、何これ」
「あー、これ。撮らせてくれたんだよね。誰にも見せないならいいよって」
「見せてるじゃん」
「そりゃね」
女の子は僕を、というかカメラをしっかりと見つめていた。何かを期待するような表情で。隠されることなく写っている胸は小ぶりで、形がよかった。手のひらにすっぽりと収まるぐらいだ。
僕はその子をしみじみと見つめて言った。
「馬鹿だね、この子」
たとえどんなに信頼できるような相手だったとしても、デジタルな画像が残ったらそれが何に使われるかなんてわからない。ましてや、大毅みたいな男ならなおさらだ。
僕の言い方が大毅のツボに嵌ったらしくて、あははと彼は大きな笑い声をあげた。
「そうなんだよ、馬鹿なんだよ。何でも言うこと聞いてくれんの」
「そんな子とどこで出会うの?」
「どこにだっているだろ、どこにだって。でもまあ、セックスしたかったら紹介するけど?」
僕はもう一度写真を見た。このおっぱいに触ってみたいと僕は思った。
「そうだね、お願いしようかな」
それから僕と大毅はいろいろなことをした。写真の女の子と3Pもしたし、街に出てナンパした女の子にレイプ・ドラッグを使ってセックスしたりもした。公園で酒を飲んで、勢いでカラオケ大会を始めたりとか。
僕が特に好きだったのは、女の子二人を誘って、スワッピングをしながら四人でセックスをすることだった。世の中には思ったよりも、複数人でセックスすることに興味がある女の子がいる。僕が次第に気づいたことは、そういう女の子たちの多くが、どちらかというとセックスしている相手、つまり僕や大毅ではなく、隣で犯されている女の子に興味を持っているということだった。僕や大毅はただの棒にすぎず、というのは言い過ぎかもしれないけれど、彼女たちのセックスの仲介役に近かった。
僕は一回出せば満足するけれど、大毅はヤッてもヤッても物足りないというタイプらしく、終盤は大毅が二人の女の子を相手にすることが多かった。僕はソファにだらけた姿勢で座って、そのセックスを眺めることになった。僕はその時間が割と好きだった。モノクロの無声映画を見ているみたいで。
その時間だけじゃなくて、大毅と馬鹿なことをやっている日々に夢中になっていた。
明日はどんなことをしようかと、ガストでドリンクバーを飲みながら計画をたてた。どんなことでも大毅とならワクワクした。それは今でも同じだ。でも。
「あーごめん、俺ちょっと電話出てくるわ」
「美咲ちゃん?」
「そ」
大毅がスマホを持って、ガストを出ていく。美咲という女の子と付き合いだしてから、大毅はセフレを全員切った。ガストでする話も、最近は単価のいいバイトとか、インターン先の狙い目とか、そういう話ばかりだ。
きっと一年前だったら、勝手に裏切られたように感じて、大毅をなじっていただろう。
けれど、大毅の――大毅と僕の関係性の変化を、寂しいとは思わない僕がいる。それはきっと、僕自身も変わったからだ。
ぼんやりと眺めた窓の外で、街路樹からはらはらと木の葉が落ちていった。この街にも冬が訪れようとしている。
終わりは唐突に訪れるのではなく、次第に薄れていくものなのだと僕は気づこうとしていた。
※blogで公開したのは12月ですが、初出はX(旧Twitter) 2023/11/30です。
<11月読んだ主な本>
・マリアビートル/伊坂幸太郎
・AX/伊坂幸太郎